※本記事は「mitok[ミトク]」に2015年6月に掲載した記事の再掲載・転載版です。テキスト、画像いずれも初出時のものとなっております。あらかじめご了承ください。
写真・文|coiler
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今年3月、アメリカのジョージメイソン大学の学生が「音」を使った消火器を発明したというニュースが話題になりました。これは従来の消火器と違って水も消化剤も使わないので周囲を汚さず、かつ電気で動くので消火器のようにすぐ使えなくなったりしない画期的な消火器と言われてましたね。
音を使った消火器というのは意外なようであちこちで「スゴイ!」と取り上げられていましたが、一部の物理に詳しい人達はこう思ったのではないでしょうか、「なかなか面白いね。でも、音で火を消すのってよくある話じゃない?」と。
そうです、実は音で火を消すというのは物理の実験ではわりと前からあることなのです。さらには火を消すだけではなく物体を浮かすことまで可能だったりするんです。
よくある話、それほど難しくはない……ならば作ってみようではないか! ということで東京・秋葉原近辺で手に入る材料で小型の「音波消火器」を製作してみました(手軽に手に入る材料で作れるなんて、ある意味……お得! と強引にこじつけ)。
こんなふうに火を消すマシーンを作る
なぜ音で火が消える?
まずそもそも音が火を消す原理について説明しましょう。普通、火というものはただ燃えるモノと火があればどんどん燃えていくというわけではありません。
燃えるモノ(燃料)と火(熱源)と空気中の酸素、それに空気が循環して燃料と酸素が混ざり引火するという流れ。この4つの要素が必要となります。
普通の消火器は水で直接火を消したり、二酸化炭素で酸素の供給を絶ったりという直接的な方法ですが、音の場合は最後の「火が続くのに必要な流れ」に作用します。
音が空気の振動だということは今では常識ですが、音波消火器は強力な音=強力な空気の振動を発生させて火全体を強く揺さぶってこの流れを乱し、流れを不安定にさせることで燃え続けることを邪魔して火を消すのです。
元の動画では音に低周波を使っています。これは周波数が低いほど空気の振動の幅が大きくなり、火を揺さぶる効果が高いからですね。
ちなみに、周波数が高いと揺さぶる力が弱くなり、逆にむしろ空気と程よく混ぜあって火を強めてしまうかもしれません。
音で火を消す実験の話ですが、これは「音の共振(共鳴)」の実験として知られているもののひとつ。ロウソクを中に入れたコップに対し、ある特定の周波数の音を当てると、コップ中のロウソクの炎が消えるという実験です。
管やパイプ、コップやボトルといった口の空いた容器は皆それぞれ特有の「共振周波数」という音を持っています。その周波数の音を外から受けると強く響いたり、また空気の流れとしてエネルギーを与えられるとこの周波数の音を強く発したりします。
リコーダーなどの笛や空き瓶の口を吹くとボォーという音がするのがまさにこれですね。
この共振周波数は容器の形や大きさで決まっていて、共振を起こしている時の容器の中では強い音が発生しています。
コップの中のロウソクを消す実験では、コップを共振させることでコップの中に強い音を発生させてそれによってロウソクを消しているのです。
卓上音波消火器を作ってみた
さて音波消火器の話に戻りましょう。これ自体は別に難しい構造ではありません。元動画で見て分かるとおり、強力なスピーカーと筒を組み合わせただけのモノで、これに電源をつなげば完成です。調べたところでは元ネタの動画では600Wのスピーカーを使用しているようです。
600Wといえば家庭用の電子レンジとほぼ同じ出力で、いかに強力な音を出してるか分かりますね。
スピーカーに付いてる筒は共振を使って音を強めているのかと思いますが、低周波の場合はパワーのゴリ押しだけでも十分効果があるので共振させているのか、ただ音を収束させるためなのかはちょっと不明です。
なお、さきほど実験などで音を使って火を消すのは珍しくないと書きましたが、実験レベルでなくて実際に機能する消火器を作り上げたのはさすがです。
今回筆者が製作した音波消火器、消火の機能を再現するだけならば元動画と大きさまで同じにする必要はなさそうということで、スケールダウンして小型の卓上サイズで製作してみました。
まず消火器本体ですが、スピーカーには直径7cm、8Ω10Wのものを使い、共振させる筒には水道管用の塩ビパイプ(VU50)をつなげてあります。
また音を収束させるために自転車用の警笛(100円ショップで購入)を加工して作ったホーンを先端に取り付けました。共振周波数はほぼちょうど300Hzで、共振のパターンは学校で習う気柱共鳴ではなく、より周波数の低いヘルムホルツ共鳴を利用しています。
次に駆動用の回路。音の出力や周波数を変えられるように電源は秋月電子の可変スイッチング電源キット、インバータには可変周波数のハーフブリッジ駆動ICを使ってパワーMOS-FET2個によるハーフブリッジを組んであります。
今回はシンプルな装置なので、秋葉原とその近くの100円ショップやホームセンターですべての材料が揃いました。費用は手持ちの部材もわりと使ったところ、4,500円ほどに。消火器本体部だけなら1,000円程度で調達可能です。
ちなみに電源の電圧は最低12Vあれば十分に動作します。装置をまとめてバッテリー駆動にすればモバイルでの運用も可能になるでしょう。
(今回は製作の詳細について省略していますが、気になる方がいるようでしたら、また改めて記事化しようと思います!)
動かしてみた
音波消火器の電源を入れると「ウォオォォォォォ」という掃除機のような大きな音を発して、出力を上げると指に軽く風のような力を感じます。
実際に火元に近づけて消火の効果を試してみたところ、弱い火であれば即座に消火することができました。
近距離では風に吹き消されるような感じで、サイズの影響なのか音による振動に加えて何かしらの気流が発生しているのかもしれません。また周波数による消火効果の変化の実験として、高い音のほうから周波数を落としてみると、ちょうど共振周波数(300Hz)のあたりで火がかき消えました。
きちんと共振によって音の強化が起こっているようです。ちなみに周波数は共振周波数より低いほうであれば、多少ずれても消火効果はさほど変化しないようでした。
音にはまだまだ可能性がある
今回は音によって「火を消す」現象を使った消火器を製作してみましたが、ほかに音による現象として物体に力を与えたり、さらには空中浮遊させるものもあります。
昔からの定番の実験にクント管やクントの実験として知られるものがあります。長さ数十センチ程度の透明筒の端をふさいで中に微小なスチロール球を入れ、もう一方にスピーカーを接続。共振周波数の音を出すと、筒内のスチロール球が音の強い所に集まったり浮き上がったりするという実験です。
このように筒の中で音の共振を起こすと、定在波という移動しない音波が発生し、音の強い所と弱い所が決まった場所に現れるので小さくて軽い物体であればそこにトラップすることが可能になるのです。この効果を応用し、宇宙空間で金属を非接触で浮かしたまま溶かす研究もありました。
また定在波だけでなく、強い音が物体に当たって反射する時には音響放射圧という力が発生します。これは超音波を使って仮想的に触れた感覚を与える装置として既に研究されています。最近ではこれらの効果を応用して、大量の超音波発振子をコンピュータ制御することで、スチロール球などの微小物体を空中で自由自在に移動させたり図形を描いたりといったことを可能にする技術にまで応用が進んでいます。
この動画(Three-Dimensional Mid-Air Acoustic Manipulation)は筑波大学助教のメディアアーティスト、落合陽一氏によるもの。世界中で話題になったのでご存知の方も多いのではないでしょうか。
このような技術以外にも作物の受粉や遠距離までスポット状に届く超指向性スピーカ、さらにビールの泡の発生と、けっこう意外なところにまで音の技術が使われています。
身近でもう知り尽くされたと思われがちな音という現象、実はまだまだ色々な応用発展が期待される分野なのです。
<参考リンク>
- Pump Up the Bass To Douse a Blaze: Mason Students’ Invention Fights Fires
- 超音波の話をしよう
- 説明)超音波応用技術を扱う名古屋工業大学星貴之先生による連載
- DIY音響浮揚装置を作ってみた
- 説明)市販されている部品を使って超音波で物体を浮かす装置の製作方法について。